皆さんこんにちは。
令和6年12月の建築家コラムをお届けします。 今年も師走を迎え、残すところあとわずかとなりました。 さて、今年最後の建築家コラム44回目のゲストは「富永 大毅(とみなが ひろき)」さんです。 富永さんは東京工業大学理工学研究科建築学専攻修了後、千葉学建築計画事務所、隈研吾建築都市設計事務所を経て2012年富永大毅建築都市計画事務所を設立。その後2019年株式会社TATTAに改組して代表取締役に就任されました。現在拠点を東京都八王子市に移し、国産材を使う設計を通して日本の山の経済を支え、持続可能な新しい社会の実現にも取り組んでいらっしゃいます。 今回、富永さんからどんな「床」にまつわるお話が聞けるのかとても楽しみです。 それでは富永さんのコラムをお楽しみください。
富永大毅
建築家。株式会社TATTA代表取締役。 2001年東京都立大学工学部建築学科卒業後、ミュンヘン工科大留学を経て、2005年東京工業大学理工学研究科建築学専攻修了。2005年千葉学建築計画事務所、2008年隈研吾建築都市設計事務所を経て2012年富永大毅建築都市計画事務所を設立。2019年株式会社TATTA代表取締役。林業と建築のよりよい関係構築を目指すべく、製材所に通いダイレクトに現場に製材を納品する設計スタイルが始まる。2017年〜首都大学東京 非常勤講師、2018年〜日本大学 非常勤講師、2022年〜明治大学 兼任講師など多くの大学で建築教育にも携わる。「GOOD DESIGN AWARD 2021」「住まいの環境デザイン・アワード2019ベターリビングブルー&グリーン賞」、「ウッドデザイン賞2017」「AICA施工例コンテスト2017最優秀賞」「第20回木材活用コンクール第三部門賞」など受賞多数。 床をめぐる冒険 富永大毅/TATTA Photo by TATTA
「床の探究者たち」
夫婦で設計事務所を営み10年以上がたった。途中で子どもが生まれ、足元に子どもが転がっている状態で7年仕事をしてきた。子どもというのは床の探究者である。床と椅子や床と机の差がない。床をはい回り、床でおもちゃを広げるし、床に紙を広げて自由に絵を描く存在である。元の事務所は浮造りのオークの床で、大人が歩く分には質感を感じられて大変心地よかったのだが、子どもがひとりで遊び始めるとガタガタするので不便になってきた。 子どもが6歳と4歳になった昨年、いろいろな事情で八王子に拠点を移すこととなった。新拠点は古い日本家屋で60uしか広さがなかったが、屋根裏の気積が大きかったり、狭くても庭があったりすることもあり、急を要する事態でもあったので、5年くらい住むと割り切ってここを改修することにした。 Photo by 中山保寛
「冷たい床と温かい床」
古い日本家屋というのはまず床が高い。土台などの防湿対策のためだが、今回は床下の通気をすべて塞いで防湿シートを敷いて断熱を吹付けた。玄関だった場所は土間の上に床を張って部屋とする代わりに、南側に新たに入口をつくり、基礎や土台を一部撤去してコンクリート土間とした。結果として既存床より500mmほど低い土間ができる。平らで硬い床は子どもには格好の遊び場だが、時には大きな黒板になり、夜遅くに帰ってくると、時々チョークでメッセージが書いてあったりする。ひんやりした場所なので夏場にはカブトムシの虫かごがいくつも置かれた。 土間から上がった仕事場の床には、八王子からひと山越えたあきる野にある、多摩産材を扱う製材所からスギの厚板をフローリングとして入れてもらった。30mmあり、床下も断熱されているので、日が差す日中は、冬でも床暖房が入っているのかなというほど温かく、子どもたちがすぐ寄ってきて仕事をしている脇で勉強などを始める。子どもはとにかく温もりを求めている生きものである。 Photo by 中山保寛
「鍛えられる床」
床の段差処理をどうしようか決まらないうちに引っ越すこととなり、暫定的に30mmの杉板を継いでスロープをつくった。1/6くらいの勾配になるのでスロープというよりも滑り台に近い。靴下をはいていると滑って登れない床。大人が酔っぱらって歩く時には危険も伴うが、子どもの友だちが遊びに来ると真っ先に遊び場へと化す。 子ども部屋となった屋根裏に上がるのにも毎日はしごを使っているのだが、日常に険しい床があると、小さな子どもの運動能力がものすごく鍛えられるということが分かった。木登りは朝飯前、何の取っ掛かりもない柱すら登りはじめる。数年前によく使われた建築の「身体性」という言葉が正直よく分からずにいたが、安全で平らな床が人間の身体能力をいかに奪っているのか、身をもって知ることになった。 Photo by 中山保寛
「床のない床」
天井裏に隠れていた大きな空間は、まず断熱を吹付られ、もこもこした白い雪のような天井がつくられた。 その下で30cmの短いスギの間柱が菱文様状に積み上げられて棚かつ耐震壁をつくり、その両側に45×105mmの間柱規格のスギの良材を75mmピッチで垂木のように並べた。真下からのぞくと上から光が漏れるが、手続きの時間の都合上、床を張らないことにした。やがて布団やカーペットが勝手に敷かれて子どもたちの居場所になった。常に通気が取れるので万年床にしても全く問題ないし、木の隙間から冷房の風が吹き下ろしてくる夏場は、エアコン1台でいい具合に家全体が冷える。 Photo by 中山保寛
室内床と同じ高さのヒノキのデッキテラスは、元の庭に植わっていた二本の先住者的な樹木を避けて張られ、「外の部屋」と呼ばれて第二のダイニングと化した。これは自分自身が床というものを最低限の建築要素であると思ってきたからにほかならないが、床が不確かなところでさえ、小さな探究者たちは器用に暮らす。
人新世と呼ばれる時代に入った。地球規模の長い歴史で見ると我々がここで暮らそうとする時間はものすごく短く、身体の地面への仮止めに過ぎない。解体で出た建材を庭の隅にストックし、火を起こして焼いた肉を食べ、ゴミで土をつくって野菜を育てる暮らし。テントのような屋根の近さも柔らかな天井も楽しんで暮らす子どもたちに、これからの時代の人と建築のより広い可能性を感じつつ、万に一つが起こらないよう、必要なところには滑り止めテープを張って回るのが建築家としての父の役回りである。 Photo by 中山保寛
富永さん、ありがとうございました。
子どもたちがそれぞれの場所に応じて、自由な発想で床を使いこなしている様子が伝わってきました。建築の身体性を自然と、そして敏感に感じ取っているのかもしれないですね。 これからもますますのご活躍をお祈りしております。どうもありがとうございました。 |
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