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建築家コラム 第51回ゲスト 「馬場 兼伸」 2026年2月1日 一覧へ戻る
令和8年2月の建築家コラムをお届けします

今年最初の建築家コラムになる51回目のゲストは「馬場 兼伸(ばば かねのぶ)」さんです。

馬場さんは、2014年よりB2Aarchitectsを主宰し、2017年にJIA新人賞を受賞されました。現在は東京科学大学環境・社会理工学院博士後期課程に在籍しながら、設計活動をされています。

今回、馬場さんからどんな「床」にまつわるお話が聞けるのかとても楽しみです。
それでは馬場さんのコラムをお楽しみください。

ビーツーエーアーキテクツHP
https://b2a.jp/
 ■建築家コラム 第51回ゲスト 「馬場 兼伸」 拡大写真 

馬場 兼伸(ばば かねのぶ)

1976年 東京都生まれ
2002年 日本大学大学院修了 メジロスタジオ共同主宰
2014年〜 B2Aarchitects主宰
2022年〜 東京科学大学環境・社会理工学院博士後期課程

明治大学 東洋大学大学院 日本大学非常勤講師

2011年 SDレビュー朝倉賞
2011・18年 日本建築学会作品選奨
2017年 JIA新人賞
2025年 東北建築大賞優秀賞受賞

主な作品に、3331ArtsChiyoda 東松山農産物直売所 本町の部屋 愛菜館の転換 LinkMURAYAMAなど


意味の立体


 言語学では意味論(semantics)を「言語の表す意味現象を詳細に記述し、その基底にある一般的原則を明らかにしようとするもの」であると説明しているから、床における意味論は「床の表す意味現象を詳細に記述し、その基底にある一般原則を明らかにしようとするもの」なのだろう。
意匠は構想や思いつきという意味の漢語が明治期にデザインの訳語として採用され今に至る経緯があり、意匠権のような知的財産を位置付ける概念として一般に理解されているようだが、建築における意匠はかなり寛容でむしろ語源に近いような気もする。
「味」と「匠」。いずれにせよ前者は身体・感性、後者は技術・理性というように対照的な概念と捉えられそうだ。

 ところで建築が意匠の権利に対して寛容なのはなぜだろうか。工業製品や書籍、音楽、映画などは同一の意匠(=デザイン)が短期間に大量複製されて流通し、その意匠が即座に価値となって交換されるため、それを巡る争いが熾烈になる。それにくらべて工業化住宅や標準設計の団地などを除くほとんどの建築は制作に時間がかかり、現場で施工される精度の悪い構築物で、敷地や周辺環境も必ず異なるためそもそも完全な複製が難しい。そしてなにより意匠に対する価値の判断や交換が緩慢で多様なのが特徴だろう。要するに建築の意匠は価値判断が難しく、コストや規模、構造形式、設備や計画の機能性などに比べて社会的に重要視されていないということなのだ。建築意匠のこの鈍重で難解な性質は、あらゆる価値が即座に比較され最適に取引される現在において貴重な存在なのかもしれない。

 常に身体と接している床は視覚に加えて触覚にも訴える部位なので、建築の中でも床の意匠がもっとも緩慢で多様、鈍重で難解なのではないだろうか。また触覚が加わって認知される床の意味現象はかなり私的で奥深いはずで、これを記述し一般化するのは相当難しそうだ。
ひとまずどのくらい床の意匠を記憶しているものなのか、過去に住んだ家や縁の深かった建物を10例取り上げて記述してみる。

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幼少期を過ごした木造平屋の家は母方の祖父が戦中疎開のために建てたもので、瓦屋根の小さく質素な日本家屋だったと思う。廊下の床板や間をよじ登り天井にシールを貼った柱のツヤ、居間のカーペットの褪せたグリーングレー色が思い出される。

祖父母の家は山間の小さな集落にあり、母屋と別に牛舎や鉄窯を薪で炊く風呂小屋があった。日当たりの良い小さな居間には幾重にも敷物や毛布が敷かれ柔らかく居心地がよかった。三和土の湿り気、刈り込まれた芝生の緑や庭石の温かさも記憶にある。

半島の先にある幼少時から幾度となく訪れている古寺。本堂と庫裏をつなぐ広間の4周を巡る黒光りした縁側廊下はいつも冷たくて、素足の水気を僅かに吸ってほど良くグリップする感覚が心地よい。下からの光で黒い板の隙間はいつも輝いている。

小5のとき1年だけ住んだ駅近のマンションはスラブに直張りビニルシートで柄はおぼろげだがとにかく冷たかった。玄関のレンガ風タイルの赤茶色、エントランスホールの角丸正方形タイルの色ムラ、遊び場だった共用廊下床下の埃っぽさを憶えている。

思春期を過ごした地方都市の街なかのマンション。リビングのしっかりしたカーペットの粗い毛足、和室の畳のやけに鮮やかな緑色、框の肌触り、気密性が高かったのか妙に静かだった。独立と秘密を死守し立てこもった自室の記憶が不思議とほぼない。

高校の後半を過ごした郊外の山の上にあったマンション。北側に書庫部屋が一つあり、床の沈み込みを覚えているので厚めのカーペットだったのだろう。この家は外壁の焼き芋の皮のような褪せた紫色の二丁掛タイル以外思い出せることがあまりない。

父の仕事場は小さな漁港集落の元郵便局兼住宅で、玄関土間が作業場、郵便局がギャラリーだった。やけに高い入口框の焦げ茶、湿った広間の畳の撓み、居間のパンチカーペットの青、夏の寝床に闇から接近してくるカマドウマの足音が忘れられない。

上京してはじめて一人で住んだ風呂なし6畳の木賃アパート。ほぼ靴の分の奥行しかない玄関のモルタルのざらつき、ほぼ全ての生活行為を行っていた居間の畳の目、ほぼ自分専用の洗濯場だった共用廊下のモルタルの傾きが懐かしい。

大学3年で引越した憧れの都内かつ風呂付き物件では、当面5.5畳1Kに男2人で夏場は半裸暮しだった。狭いが丁寧な作りの階段室型木賃で、木建の窓が大きく畳はいつも乾いていたし、台所は板張りで使い込まれていたがツヤがあってお気に入りだった。

進学時に越した築古RC造のマンションは最上階角で眺めは良いものの所帯じみた内装が気に入らず3人で事務所をはじめた際に無心で天井を破壊し砂壁をモルタルごと斫り畳の上からコンパネを打ち付けた。10年後、スリッパで踏み続け異様なツヤを帯びた茶色いペンキ塗りのラワン板と黒ズミを蓄積しそれと同化したCFが残されていた。


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40年以上にわたる断片的な記憶だが、もしここに登場したマテリアルのサンプルが並べられたら全てを言い当てることができると思う。これらが私という身体に内蔵された建築の意味の一部であることは間違いない。
同じものごとにも例えば個人的意味と社会的意味があり、両者は重なりながらも違う領域にある。つまり意味は共有する主体の数や範囲やその状態によってその質を変える立体的な存在なのだ。そして、上述のように床は触覚を介して個人的意味を深く帯びるようなので、少なくとも意味の立体性が高い部位だといえるのではないだろうか。

 このような建築の個人的意味性を利用して、リアリティとオリジナリティを持った手法で建築を生み出すという演習を「HOUSE MINING」と題していくつかの大学で試みている。
学生はまず各自の自宅を調査し、様々な糸口で解題・記述して、その性質を客観的に捉えることに取り組む。次にその性質を展開することで生み出される建築の可能性を探りつつ、他の課題と同様に敷地や用途、使用者などを加えていき、現実的な建築プロジェクトを仕立て上げていく。この際、取り出された性質が上手く働かない場合には、自宅を見直して別の糸口を探し加えたり、定義や記述の設定を調整したりして、手法と出力のトライアンドエラーを繰り返す。
コツをつかめば形を生み出すことは比較的容易で、なおかつあらかじめ意味に満ちた自宅が素材となっているので、手法的自律性と生命感や切実さが同居した不思議な魅力を持った建築の原型が手に入る。
しかしこの後、これを総合的に説明可能な建築プロジェクトとして組み上げていくのが難関で、多くの学生が立ち止まってしまう。これは考えてみれば当たりまえのことで、ここでは最も私的な文脈から生まれたものを公的な文脈に繋ぎ変える必要があり、そのためには力強く文脈を往還する気力や機転が求められるのだ。
彼らの苦闘と成果を思い返すと、個人的意味と社会的意味を横断し、両面から見て魅力ある表現に辿り着いたとしたら、それがまさに意味の立体を体現する建築なのだろうと思えてくる。
 ■建築家コラム 第51回ゲスト 「馬場 兼伸」 拡大写真 

01:梅原百合香
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02:大木優里花
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03:塩澤月菜
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04:名取優輝
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05:中藤堅吾
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06:林陸哉
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07:丸山礼人
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08:小林海斗
 ■建築家コラム 第51回ゲスト 「馬場 兼伸」 拡大写真 

09:石坂剛志
馬場さん、ありがとうございました。

意味の立体のお話し、非常に分かりやすく興味深いお話しでした。
「HOUSE MINING」の演習も面白いですね。自宅は一番身近な建築だけに、意味を深く考えることができると思います。学生の皆さんが自宅で読み取った意味を、どのように活かして建築模型を作ったのかを聞いてみたいと思いました。

これからもますますのご活躍をお祈りしております。どうもありがとうございました。
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