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建築家コラム 第5回ゲスト 「蘆田暢人」様 2018年06月01日 一覧へ戻る
ことしも入梅の季節となりましたが、みなさまいかがお過ごしでしょうか?

建築家コラムも第5回目となりました。今回のゲストは蘆田暢人建築設計事務所の代表「蘆田暢人(あしだまさと)」さんです。

内藤廣建築設計事務所在籍時に、島根県芸術文化センター、虎屋京都店等の設計に携わり、設計チーフ、取締役・設計室長歴任後、2012年に株式会社 蘆田暢人建築設計事務所を設立。設計業務の傍ら、現在、千葉大学非常勤講師も勤めています。

さて、蘆田さんからはどんな床に関するお話が聞けるのか楽しみです。


 ■建築家コラム 第5回ゲスト 「蘆田暢人」様 拡大写真 

蘆田暢人(あしだ まさと)
建築家
蘆田暢人建築設計事務所 代表、ENERGY MEET 共同代表
千葉大学非常勤講師

1975年 京都市生まれ
1998年 京都大学工学部建築学科卒業 
2001年 京都大学大学院工学研究科建築学専攻修士課程修了
2001−11年 内藤廣建築設計事務所
2012年 蘆田暢人建築設計事務所 設立
2012年 ENERGY MEET 共同設立
2017年- 千葉大学非常勤講師

主な作品
「折板屋根の家」「HP屋根の家」キールハウス」「松之山温泉景観整備計画」
受賞
第2回これからの建築士賞、グッドデザイン賞/日本都市計画家協会優秀まちづくり賞(松之山温泉景観整備計画)、小菅村タイニーハウスデザインコンテスト特別賞など



建築における床の意味と意匠

現代ほど「床」というものの「意味」が希薄な時代はないように思います。
床面積という「意味」を持たない数字によってのみ評価されがちで、床がその意味あるいははたらきについて問われることがすくないのではないでしょうか。使い勝手と合理性と言う名の元、床は限りなくフラットでシームレスであることを求められているように感じています。床材の選択においても、現代の住宅ではフローリングが主流であり、それもどちらかというと機能面と見た目の印象から選ばれていることが多いのではないかと推察します。

床とは何か。まずは日本語における「床」の語源を探ってみます。
一説によると、「床」とはもともと、身分の高い人の寝台、いわば恐れ多くて近寄れない場所であり、他のところより1段高いところという意味だったようです。権力者としての、天皇や将軍、大名などの座するところが周りよりも一段高かった宮殿や城、屋敷の広間の作りなどを思い浮かべるとわかりやすいと思います。床に段差があることが身分の上下を意味していたのです。それが転じて地面から1段高くなった建物の面を「床」と呼ぶようになったと言われています。
日本人にとって、床とは尊ぶべき対象であり、決して土足では踏み入れません。また、畳縁や敷居は踏んではいけないという作法など、床にまつわるしきたりはいくつもあります。西洋では17世紀ごろまで食事の際の食べかすを床に捨てていたという事実と比較しても、日本人の床に対する敬意の払い方がうかがえるのではないでしょうか。
また、ユカと漢字を共にするトコという形式も日本では生まれました。その象徴として、美しく設えられた床框があります。床に段差があるからこそ床框が必要になり、それを美しく飾るという文化が生まれました。この床框を美しく設えるという意識も日本人の床に対する価値観の現れではないのではないかと思います。

近代建築が生んだユニバーサルスペースという概念は、床にさらなる抽象化を求めました。それは機能的には「どのようにでも使える床」といってしまってもいいものであり、無限に広がる床の切り取られた一部分ということを表象したものであったのです。現代の建築はこのユニバーサルスペースの影響をいまだ多大に受けています。
日本でも近代化とともに、床は意味を剥奪されました。現代では、天皇も為政者も皆と同じレベルの床に置かれた椅子に座ります。このことは建築と権力の関係性の変化、言うなれば民主主義の象徴とも言えます。

床にもはや意味を求めてはいけないのだろうか。そんなことさえ感じてしまいます。
もう一度床の意味やあり方を問うてみること。私はいつもそんなことを考えながら設計をしています。

HP屋根の家という住宅では、リビングの床にピットと呼ぶ掘込みを設けました。クライアントはもともと祖父が建てた家を譲り受けて住んでいました。それは古い日本家屋であり、もちろん畳中心の家で、床に座る生活を送っていました。その家を建て替える際に、現代的な椅子に座るライフスタイルへと切り替えることにしたのですが、かつての床座の家を引き継ぐ要素をつくることが私たちに求められました。その回答として私たちが提案したのが、広いワンルームのリビングの一角に、床から400ミリ下げたピットでした。床を下げるだけでその場所での過ごし方が全く変わります。当初はソファの代わりのようなくつろぐ場所を想定していたのですが、現在のところ、まだ幼いお子さんの遊ぶスペースとなっているところがおもしろいと思っています。このピットはこれからも家族がこの場所での過ごし方を変えながら、この家の中心としてはたらきつづけると確信しています。
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(写真1)HP屋根の家 リビングの奥、窓際に設けたピット


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(写真2)HP屋根の家 ピットのディテール 床材はコルクタイル
また、キールハウスという住宅では、2階のワンフロアのリビングダイニングを半分に分け、約1mの段差をつくりました。これは崖地である敷地に対して、建物の安全性を高めるため、基礎を半分だけ地面の中に深く下げたことによってできた1階の段差をそのまま2階にも踏襲したことから生まれました。この住宅のクライアントは、ご主人も家で仕事をする時間が長く、まだ小さい2人のお子さんとともに家の中で家族で共に過ごす時間が長いため、空間を共有しながら、それぞれが別々のことをする場所をいかに作るかということをテーマに考えました。床に1mの段差をつけることで、同じ空間にいても微妙な距離感が生まれます。見えているけれど、同じ場所にはいない、そんな感じです。お互いの存在を感じつつ、それぞれの作業に没頭することができるような適度な距離感です。
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(写真3)キールハウス リビングダイニングに設けた約1mの段差
        階段横の縦格子からは1階も見通せる



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(写真4)キールハウス ピットのディテール 主構造としてのキールトラス
この2つの住宅では、どちらも床に段差を設けました。HP屋根の家では、家族の中心として、キールハウスでは家族の関係性を制御するものとして、それぞれがフラットでシームレスな床からは決して生まれない、意味やはたらきを持っています。
まだまだ床には可能性があります。これからも床が持つ新しい意味を探していきたいと思っています。





蘆田さん、どうもありがとうございました。
床の語源やその意味と目的を知ることができ、大変勉強になりました。
HP屋根の家のピットが当初の思惑を飛び超えて、お子さんの遊び場として活用されるというのは、建築の楽しさでもあり新たな発想の源にもなるんでしょうね。また、キールハウスの「見えているけど、同じ場所じゃない」という感覚も面白いと思いました。
これからも床の可能性をもっともっと広げて行っていただけると大変嬉しいです。
今後のさらなるご活躍を楽しみにしております。
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